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北海道の写真家廣澤順也のブログ


by j-hiro2004
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カテゴリ:カンボジア( 11 )

カンボジア最終章

カンボジア最終章
火曜日の夕方、ホテルで休息し帰国に備える。
6時過ぎ歩いて日本料理店に向かう。王宮前の道路は飾り付けられていた。
ブルネイ王国の王様が来るのでその歓迎だった。王宮横の広場に人々が集まり夕方の一時を過ごしていた。赤い夕陽を見た。
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プノンペンに移動してきた日本人たちと食事をする。皆、異国の地でたくましく奉仕をしていた。感服です。9時半頃帰ろうとすると、土砂降りの雨と雷、スコールが降っていた。30分程して小降りを着いてホテルに戻る。ホテル前に大きな水たまりができていた。雷の音を聞きつついつしか寝ていた。

翌日、荷造り、日本料理店で時間をつぶし午後3時過ぎ空港へ。
3人共に暑さにやられ外に出る気がしなかった。昨日の雨でより一層蒸し暑くなっていた。
そして日が沈んだ午後18時20分、ベトナム航空818便のプロペラ機はふわりとカンボジアの大地を離れた。
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帰りは、ホーチミンで4時間待ち。深夜1時過ぎ福岡行きのエアバスが飛び立ち、朝日を洋上で迎え、桜咲く福岡に降り立った。気温は一桁。空港内でも寒い。
入国の際全員が検疫所へ。K君はすでに腹痛は完治、自分は向こうで抗生剤を貰ったので多分大丈夫という判断、しかしA君はまだ腹痛下痢が続いていたので検疫所の奥へ、、、、
しかしこれだけでは済まず、K君と自分は数日間腹痛と胃痛に悩まされ、A君は2週間に渡って腹痛下痢高熱に悩まされた。折しも帰国2日後にカンボジアで鳥インフルエンザが確認されていた。病院に行ったら、どの先生もカンボジアはすごいからねと口を揃える。
そう世界中に病原菌があるので何に掛かっても驚きはしない国だそうだ。
おそるべきカンボジア、そしてその国に棲むたくましい人々に感服した。
by j-hiro2004 | 2007-04-23 16:35 | カンボジア

トゥール・スレン博物館

トゥール・スレン博物館
翌日の午前中、K君とA君二人はトゥール・スレン博物館に向かった。
昨晩、熱にうなされたカメラマンは、二人にカメラを託しベットに沈没。
二人はお昼の一時間も前に帰ってきた。行ったと思ったらすぐに帰ってきたので驚いていると、
「あそこは見るに耐えられない、ナチのアウシュビツより酷い」とドイツに行った事があるK君。
やはり今から30年前というだけあって生々しいそうだ。1975年から1979年にかけて、200万とも300万とも言われるポルポト政権による自国民の大虐殺と破壊の跡。トゥール・スレン博物館は元高校の校舎だが、当時S21と呼ばれた刑務所で記録に有るだけで2万人がここに連れてこられ、あらゆる拷問を加えられ、郊外のキリング・フィールドに運ばれた処刑された。
その拷問器具がそのまま、その場に放置されているような博物館だっだそうだ。
写真を撮る気にもなれなかったそうだが、数枚を撮ってきてくれた。醜い政治の陰、歴史の一頁がこの土地にも刻まれていた。折しも今年からポルポト政権時代の裁判が始まるという。当時のトップ、ポルポトはすでに死去し、No2も高齢化している中で国際裁判で何が裁かれるのか。
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by j-hiro2004 | 2007-04-03 16:29 | カンボジア

カンボジア熱波に倒れる

カンボジアの熱波
翌、日曜日の朝、7時過ぎ朝食を買いにメインストリートに出る。朝から暑い。パン屋でクリーム系のパンを買い朝食。K君とA君は市内の知人宅に出掛ける。自分は残って疲れがたまっているので部屋でうたた寝。クーラー緩めに掛けて窓を開ける。街の喧噪が聞こえてくる。どちらかというと貧困層の地区の裏通りにあるホテルなので、安い事は安いが生活臭が生活音が聞こえてくる。この都市は、大きさに割りに人口密度がすごく高く人がひしめきあっている。
昼ご飯を近くの日本料理を出す安い店に行く。K君の調子が悪くほとんど食べずにホテルに戻る。A君はトンカツ定食をおいしそうにもりもり食べていた。自分は食欲がないがちょっと無理して食べる。部屋に戻るとK君がノックダウン、どうやら熱中症でやられたみたいだ。
3人とも寝る事にする。うなっていたK君、汗を一杯かきなんとか平常へと回復する。夜になって福岡トンコツラーメンを食べている。しかし夕方から自分がついにお腹が痛くなりトイレへ。ノックダウン状態で翌朝げっそりになって起きた。
大事を取って地元の病院へ行って抗生剤をもらい点滴。どうやら暑さで弱った所に細菌性大腸炎(食中毒)にやられ、脱水症も併発。海外旅行保険に入っていたほんと良かったのだが、保険に記載の病院だがほとんど設備がない。感染症になったらシンガポールに移送になるとのこと。これだけは避けたいが。地元の人は診察代が出せないので自然治癒か民間療法に頼るしかないのだそうだ。その後、ゆっくり休むため王宮の近くの静かな大きな部屋があるホテルに移動。夕方まで休むことにした。。
夕方6時前にホテルに頼んだタクシーが到着した。黒いフィルムを窓に張り本革仕様のカムリ。運転手が若かった。大事な式典が有り3人ともワイシャツにネクタイなのでさすがにトゥクトゥクではなくタクシーで出掛ける。セントラルマーケットの横を通る。夕方のラッシュアワー、東京の渋滞なんて比べ物にならないくらいに混雑していた。すべてがゴチャゴチャだ。
きれいなオレンジ色の夕日がビルの間に沈んでいくのが見えた。
8時過ぎにホテルに着くと満月が頭上高く、そう、空の頂上より北側に輝いていた。
カンボジアの緯度は11度、札幌の43度とは全く違う場所にいるからだった。
フクロウのような鳥がホテルの敷地で鳴いているようだった。カンボジアの夜がふけて行く。
by j-hiro2004 | 2007-04-02 16:06 | カンボジア

カンボジア熱波に倒れる

カンボジアの熱波
翌、日曜日の朝、7時過ぎ朝食を買いにメインストリートに出る。朝から暑い。パン屋でクリーム系のパンを買い朝食。K君とA君は市内の知人宅に出掛ける。自分は残って疲れがたまっているので部屋でうたた寝。クーラー緩めに掛けて窓を開ける。街の喧噪が聞こえてくる。どちらかというと貧困層の地区の裏通りにあるホテルなので、安い事は安いが生活臭が生活音が聞こえてくる。この都市は、大きさに割りに人口密度がすごく高く人がひしめきあっている。
昼ご飯を近くの日本料理を出す安い店に行く。K君の調子が悪くほとんど食べずにホテルに戻る。A君はトンカツ定食をおいしそうにもりもり食べていた。自分は食欲がないがちょっと無理して食べる。部屋に戻るとK君がノックダウン、どうやら熱中症でやられたみたいだ。
3人とも寝る事にする。うなっていたK君、汗を一杯かきなんとか平常へと回復する。夜になって福岡トンコツラーメンを食べている。しかし夕方から自分がついにお腹が痛くなりトイレへ。ノックダウン状態で翌朝げっそりになって起きた。
大事を取って地元の病院へ行って抗生剤をもらい点滴。どうやら暑さで弱った所に細菌性大腸炎(食中毒)にやられ、脱水症も併発。海外旅行保険に入っていたほんと良かったのだが、保険に記載の病院だがほとんど設備がない。感染症になったらシンガポールに移送になるとのこと。これだけは避けたいが。地元の人は診察代が出せないので自然治癒か民間療法に頼るしかないのだそうだ。その後、ゆっくり休むため王宮の近くの静かな大きな部屋があるホテルに移動。夕方まで休むことにした。。
夕方6時前にホテルに頼んだタクシーが到着した。黒いフィルムを窓に張り本革仕様のカムリ。運転手が若かった。大事な式典が有り3人ともワイシャツにネクタイなのでさすがにトゥクトゥクではなくタクシーで出掛ける。セントラルマーケットの横を通る。夕方のラッシュアワー、東京の渋滞なんて比べ物にならないくらいに混雑していた。すべてがゴチャゴチャだ。
きれいなオレンジ色の夕日がビルの間に沈んでいくのが見えた。
8時過ぎにホテルに着くと満月が頭上高く、そう、空の頂上より北側に輝いていた。
カンボジアの緯度は11度、札幌の43度とは全く違う場所にいるからだった。
フクロウのような鳥がホテルの敷地で鳴いているようだった。カンボジアの夜がふけて行く。
by j-hiro2004 | 2007-04-02 16:06 | カンボジア

首都の空気

首都の空気
6時間かけて、デンジャラス走行のバスは無事近代的な建物が並ぶ首都プノンペンに到着した。ついた途端に首都の洗礼を浴びた。バスターミナルはごったがえしている。一応柵があるので、その内側で預けた荷物を受け取るのだが、柵を乗り越え、トゥクトゥクドライバーが客の奪い合いを始めている。自分のスーツケースを掴むと荷物と一緒に人の波にのせられる。スーツケースに何人もの人の手が伸びる。とにかく荷物を掴んで自分の車に無理矢理のせて
しまうおうとする。混乱の中、「黙れ、離れろ」とK君が叫んで動きが止まった。そこで、「Sゲストハウスを知っているか」と尋ねれるとその場にいるドライバー全員が首を縦に振る。
ほんとか? たとえ知らなくても知っていると言って客を乗せるのがカンボジア流。
「車の人はいるか?」 手をあげたのは一人だけ。決まった! それまでスーツケースをがっしり掴んでいたトゥクトゥクドライバーが残念そうにやっと手を離した。ものすごい混乱ぶりだった。
バスターミナルを離れるとさっきの喧噪が嘘のように静かな王宮の横を通り、ゲストハウスに向かった。街がやけに静か。土曜日なのでビジネス街は休み。おまけに明日は地方総選挙があるという。何もおこらなければ良いが。カンボジアは今は政局は安定していると言われているが、一夜でひっくり返る危険をはらんでいる。
この点は、結局心配するに及ばずだったが、何かおきたのは我々自身だった。
ゲストハウスの部屋は六畳間ぐらいの大きさ。そこに無理矢理エクストラベットを入れて足の踏み場もな狭さ。一泊1人3.5ドルの計算になるので、値段値という感じがする部屋だった。
午後2時を過ぎているが、あの混乱ですっかり疲れてしまい、3人ともなにも食べずに休む事にする。夕方5時過ぎ、バイクが2台到着し、知人の日本人2人とバイク2台に5人が乗り、つまり2人乗り+3人乗りで、街に出る。メインストリートには4人乗りのバイクも走っている。
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シュムリアップは比べ物にならない位のバイク、トゥクトゥク、車が走り、排気ガスがすごい。
近くの馴染みの中華料理店に入る。屋台の延長のようなお店。値段はほとんど、1$〜1.5$、とにかく安い。食後外に出ると都市特有のヒートアイランドの熱波に具合が悪くなった。
熱波が夕方になっても一向に冷める気配がない。
最終日に日本食レストランの女将から聞いた話では、この僕らが着いた日から一気に暑くなったそうだ。カンボジア熱波についにダウン。
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by j-hiro2004 | 2007-04-01 16:11 | カンボジア

首都プノンペンへ

首都プノンペンへ
3月31日早朝、カンボジアへ来て一番の朝焼けが空を染めた。
今日はシュムリアップから首都プノンペンへバスで移動する。
7時、トゥクトゥクに荷物を満載してバスターミナルへ。ターミナルは川をわたって街の東側にある。ゲストハウスがあった西側はどちらかというと観光地、たくさんホテルが並んでいるが、東側は一般庶民が生活しているエリア。本当はこちらに足を運んで生活を見たかったのだが残念ながら時間が取れなかった。トゥクトゥクで走りながら市場を撮影する。バイクが速度を緩めた時を狙ってシャッターを押し続ける。市場は日本の戦後の闇市場のような雰囲気でごったがえしているがどこか懐かしい雰囲気がした。
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ターミナル周辺も人でごった返していて、埃がまっていた。バスの受付をしている間、パンやフルーツなどを売りに来る人が次々とやってきてなかなか身動きが取れない程だ。首都までは日本の観光バスを譲り受けたメコン・エクスプレスに乗車。
乗車券は前々日に、カンボジア・ティー・タイムのカンボジア人スタッフが買ってきてくれたので7$。外国人観光客は10$。その差額3$を徴収された。ほんとはカンボジア人に成り済まそうと3人で計画していたが、大きなスーツケースが有る事に気づいた。これでは姿形で現地化してもばれてしまう。ボロボロの鞄だったら現地人だったのに。
ともあれ、埃が舞う市場を横目に、シュムリアップを出発し、一路東へ。国道6号線をひた走る。高速道路並のスピードで走るが、道には二人乗りのバイクや、荷物満載のトゥクトゥク、ボロボロのトラックなども走っている。
バスはクラクションを鳴らし続けて走る、前方通路側なので、正面がよく見える。もうヒヤヒヤの瞬間ばかりが続きゆっくり寝るどころではなかった。
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郊外に出るとちいさな部落をいくつも通り過ぎると少し大きな街に出る。その間は乾季で干上がっている水田。川など水場が近い所には水牛の群れがいる。のどかな農村風景が続く。
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二時間程走った所で、30分の休憩タイム。バスは少し大きな街に止まった。
シルクドーロの映像でみたようなアジアの街、街道沿いの街が目の前に広がっていた。
ごった返す市場、荷物を屋根にまで満載したピックアップトラックやマイクロバス、熱気をまとった空気が流れている。バスの近くで座っていると物乞いのおばあちゃんや子供がやってくる。おばあちゃんは割ときれいな服を着ている。韓国人(中国人?)らしき旅行者のおばさんたちが紙幣を彼らに渡している。これで何日暮らせるのだろう。観光客からお金を恵んでもらい生きている。その場しのぎでしかないだろうが。
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バスは首都へ向かっ国道6号線を走る。舗装されてこの道は日本の援助で完成された道だ。
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by j-hiro2004 | 2007-03-31 15:50 | カンボジア

アンコールワット第二部

アンコールワット第二部
お昼過ぎに一旦ゲストハウスにもどり、シャワーを浴びクーラーの効いた部屋で休息。
お昼から3時頃まではとにかく出歩かず休むのがカンボジア流。
しかし、午前中は予定がスムーズに行かず、一カ所で長く休んでしまったので、午前最後のタプロームはお昼に掛かってしまった。気温は38度近くになっていた。自分は森の中だったのでがぜん元気に見て回ったが同行の二人は暑さで参ってしまった。
午後4時過ぎ、気温変わらずだが出掛ける事にする。トゥクトゥクドライバー君はお昼の最中、ずっとゲストハウス前の木陰で休んでいた。1日中つきあわせて15$。ちょっと申し訳ない気がするが、こちらでは日当としては高級取りだ。日が少し傾く中、二人乗りや自転車を担いで運んでいるバイクを抜きながらアンコールワットへ。
アンコールワット、西門から入る。西日が背中を焦がすように射込んでいた。乾季のため、すべてが乾いている。無性に雨のアンコールワットも見たくなった。
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中央の塔にむかった参道を歩く。
これが1973年当時26歳の戦場カメラマン一ノ瀬泰造が命を掛けて一番乗りを目指したアンコールワット。当時内線下のアンコールワットはクメールルージュの支配下で西側の人間はだれも見た事がなかった。「地雷を踏んだらサヨウナラ」と言葉を残し潜入し地雷原を突破しアンコールワットに向かった一ノ瀬は捕まり、11月処刑されたという。
その前年シュムリアップに滞在した泰造は小学校を始め子供たちや街の写真を沢山撮っていた。帰ってからその作品の日付を見たら1972年6月14日。そう自分のが産まれた日の数日前。多分撮影した小学校は泊まっているホテルから見える学校だと思う。内線下の街の人の写真には笑顔が見られるのは不思議だった。町の人から愛されていた泰造氏が撮ったからだろう。なんだか不思議な気がした。
そのシュムリアップやアンコールワット、今平和裏に世界中から観光客が訪れている。

第一回廊、第二回廊とくぐり抜け、中庭に入った。第三回廊は急な階段を上った塔の中。K君がかかんに階段を上り始める。結構急に見えるが、簡単そうに登り始めた、3分の1くらい登った所で振り返った見下ろしたK君、顔が引きつっていた。記念写真だけを撮ったら降りてきた。
階段自体がすでに斜めになっているので降りるのが怖かったと興奮気味、長年登った後で階段の角を斜めになっている。石をも削る巡礼者のあと、歴史の重みだ。
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一旦に西門に戻り屋台見学。いろいろな物を売っている。お約束の虫の佃や揚げ物。蝉が真っ黒になって山積み。他にはコオロギ、タガメ、ゲンゴロウ、クモなどはメジャーなおやつ!?
そしてふ化寸前のアヒルの卵、もうアヒルの形をしているのを茹でてあるのだ、卵と見るかアヒルとみるか、、、
これらさすがにパスして、安全な団子とサトウキビジュースを買ってみる。
小学生くらいの女の子が簡単な機械でサトウキビを搾り、搾ったジュースはビニール袋に入れてストローをつけて渡してくれた。
「オークン」(カンボジア語で「ありがとう」)。カンボジア人はまじめで勤勉な国民、日本人に似ているそうだ。
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もうすぐ日没。オレンジ色の太陽が沈み掛けていた。夕方になると環濠(アンコールワットを取り囲む堀)の水辺に人々が集まってきて敷物を引いて思い思いに涼んでいる。
夕陽が大地に沈む直前、ふっとアンコールワットが輝いた。
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半月が輝き始め、夜の帳が降り始めた。
環濠の向こうに水牛の群れが水辺に現れ、どこからとなく出てきた犬が、水辺に入っていき水を飲んでいる。
西の空に一番星が輝き始めた。子供たちの姿がシェルエットになる。
今日のクライマックスだった。
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by j-hiro2004 | 2007-03-30 15:04 | カンボジア
一路アンコールワットへ
第四日目は初めての観光日となった。一日、トゥクトゥクを借り切ることにした。
朝のまだ涼しい空気の中、街から北へ向かう。沿道には観光客向けに、飲料水や果物を売っている出店があるが足を止める人はいない。ゲートで20$もする一日パスを購入。
午前中は、アンコールトムを見る計画。
王都アンコールトムへ、南大門から入る。
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各種ガイドブックによると周囲約12キロの城壁に囲まれた王都アンコール・トム。1177年、ベトナムのチャンパ軍による王都略奪からアンコール地域を解放したクメールの覇者ジャヤヴァルマン七世。その王の都として建設された。同時に領土内の寺院建設、道路網の整備、121ヵ所の宿駅の整備などクメールの帝国支配の基礎が作られた。この都の中心にあるのが、バイヨン寺院、宇宙の中心、神々の降臨する場所として建設された。(日本はこの時、鎌倉幕府の時代)

しか1431年、シャムのアユタヤ朝にアンコールを攻略され王都陥落。流浪と苦難の時代が始まり、密林の中に忘れ去られていた。1860年フランス人博物学者アンリ・ムオが再発見し世界に知られることになった。1972年のカンボジア内戦によって、寺院はポルポト派により破壊されたが、内戦が収まりつつある一九九二年にアンコール遺跡として世界遺産に登録された。
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王宮は世界各地からの観光客で一杯だった。有名なレリーフの前はちょっとした渋滞。 団体さんにガイドがついているが、まだまだガイドの教育が遅れていて、ガイドによって解説に差がある。あるレリーフの前で、ガイドは、この女の人はくつろいでいると言えば、次のガイドはこの人は妊婦で苦しんでいると言う。どちらもそう言われればそう見えてくる。ちょっとおかしかった。
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西側エリアは観光客がいなかった。階段に腰掛けシャンシャンとなく蝉の声を聞きつつ休憩。気温が上がってきたが森の中ゆえ、案外涼しい。この頃から三人の変な写真が多くなった。暑さとこの雰囲気のせいだろうか。
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王宮内では時々、地元の子供たちが微笑みながら観光客を見ていて、時々ちょっとして撮影会になる。カンボジアの人たちは職場に子供を連れてきている。遺跡の修復や清掃で母親が働いている間、遊びながら待っているという訳だ。お土産物や食堂が並ぶ界隈では小さな子供たちが絵はがきや小さな仏像を売っていた。食堂のおばちゃんたちは客の呼び込みに必死。観光地でも生きて行く事に必死な人々の姿があった。
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タ・プローム
森に飲み込まれる
アンコールトムを離れ、炎天下の森の小道を歩いて、タ・プロムと呼ばれる遺跡に着く。これもジャヤヴァルマン七世により創設された仏教僧院。この遺跡は修復の手を下さないままに据え置かれている。巨大に成長したスポアン(榕樹*ようじゅ)に押しつぶされ、飲み込まれた状態。あちこちで押しつぶされた塀が倒壊している。
南側の第一回廊には人がいなかった。大地の上に乾季のために枯れた葉っぱが折り重なっている。石は苔むしかつての栄華の雰囲気はもうない、樹に、森に飲み込まれ自然に帰るのを待っているかのようにひっそりと時間が流れていた。
かつての栄華が自然に帰る。これは何か日本人の心に訴えるものがあるようで、この遺跡はアンコールワットの隠れ名所なのかもしれない。
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by j-hiro2004 | 2007-03-30 14:50 | カンボジア

シュムリアップ滞在

翌日からは知人の会社等を訪ねたり用事を済ませながら、街の雰囲気を感じゆっくりする。
国道から一歩外れる赤茶色の道となり、バイクや車が埃を巻き上げながら走っている。舗装されているのはほんの一部なのだ。道を歩いていると後ろから動物の鳴き声、家畜の声をする。横を通り過ぎたバイクの荷台に何やら大きなピンクがかった動物がいた。もしかして、ブタ? 生きたままである。唖然としているともう一台。今度は二頭ひっくり返っている。こちらはもう観念している。地元の人はバイクで荷物でも家畜でもなんでも運ぶのさと。
カンボジアの民家の庭先には、マンゴーや椰子の実、なんとかフルーツ等食べる物が乾期であるというのにたくさん有る。マンゴーは緑の時に塩を振って食べるそうだ。
それで農村部でどんなに貧しくなっても餓死者はでないそうだ。熱帯のフルーツがあり夜になって寒くなる事もないので凍死もない。貧しくてもあまり注目されない国なのだ。
どこか戦後の日本を感じさせる路地や市場、それに同じアジア人、褐色の肌に黒い髪、異国にいる感じがあまりしない
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知人の店「カンボジア・ティー・タイム」。
ここで、「ノム・トム・ムーン」なる伝統菓子を衛生的に生産し販売をしている。昨年末からだが、すでに空港の免税品店でも売っている。 「ノム」はお菓子、「トム」は筒、「ムーン」はしっかりの意味。サックとした感触でロール状のお菓子を「ノム・トム・ムーン」と言う。朝一番搾りのココナッツミルク、パームシュガー(椰子砂糖)、卵、タピオカスターチ、塩を原料に、炭火で一枚ずつ焼いて専用の竹でくるっと巻いてできあがり。素朴であっさりとした甘さ。特別な材料ではないけれど地元でずっと食べれられてきた。 ガイドブックには、日本人が作るアンコールクッキーが紹介されていたが、どこにでもあるクッキーの形がアンコールワット。こちらは地元の人も喜ぶ新しい名物になっている。パッケージも日本人デザイナーがボランティアで協力した洗練されたものだ。
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「ノム・トム・ムーン」をつまみに、アンコールビールで乾きをいやし、その後はハンモックに揺られてリラックス。
外は35℃をゆうに越えているが、ここに吹いてくる風は心地よく感じる。
二階は、オープンカフェとなっていて自由にくつろぐ事ができる。日本人好みのクリーンなお店となっていて、乾季のシーズンでも埃っぽくならないよう掃除がされている。 働くカンボジア人もフレンドリーかつ日本的な心遣いをしてくれる。翌日、たまたま日本から来たオーナーと会って話を聞くと、TBSの世界遺産の番組プロディーサーも連日ここに通う程のお気に入りの場所。カンボジアの雰囲気を味わいつつ、日本的にくつろげる貴重な場所となっていくような気がした。すっかりハンモックにはまってしまい、5$のものを買ってしまった。
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by j-hiro2004 | 2007-03-28 14:18 | カンボジア

シュムリアップという街

トクゥトクゥとは、市販のバイクの後ろに二人、または四人用の座席を付けた荷車を連結し引くという乗り物。もともと田舎で荷物運搬用に使っていたものだが、都市部では観光用に日よけ雨よけのシート状の屋根をつけている。熱帯の空気、街の空気を感じられる、ちょっとそこまでに便利な車。この国では一人で乗るならバイクタクシー。何のことはないスクターの二人乗り、三人乗りだ。こちらのバイクは皆座り心地のいいシートを後部に標準装備している。ドライバーはAさんの会社のN君。後で分かった驚きの事実は、実は彼は初めて人を乗せて運転したのだった。食事中にに仕事は何?トクゥトクゥドライバー?と聞いていたら、カンボジア語で必死に笑いを堪えながら返事をしている。なになにと通訳してもらうとこの事実が発覚して、全員で大爆笑、なんと僕ちは実験台だったのだ!
楽しい食事の後、熱帯の風を感じながら夜の町中を走りホテルへ戻った。
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トッカイ登場
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初日の驚きはまだあった。無事にたどりついた僕らを待っていたものがいた…
部屋の前、薄暗い明かりに照らされた壁に張り付いている30センチ程の緑がった物体・・・巨大ヤモリだった。通常サイズのヤモリと比べると恐竜みたいに見える。激写して部屋で画像をみるとなかなか愛嬌ある顔をしている。主にインドネシアに生息する大型ヤモリ。英語Gekko 普通は屋根裏で害虫を餌にし姿を見せる事なく夜中に鳴く。トッケイの声は幸せを呼ぶとされ、続けて七回鳴くと人はにっこりとするという。インドネシアのバタック人の伝統家屋の装飾にトッケイのモチーフがあり屋根裏に居着くことから、家の守り神としてシンボル化されている。ヤモリは日本語で書くと、家守、守宮となる。意味があるようだ。翌日になってこの巨大ヤモリの名前を知ったのだが、声は聞けれどもなかなか姿を現さないという。すごく恵まれた出会いで、ネイチャーフォトグラファーとしては一気にカンボジアタという国に引き込まれた衝撃的な出会いだった。ヤモリの声が聞こえる中、初日の床についた。
翌朝はニワトリの声で目が覚め、まどろみながら南国の鳥の声が聞こえる中、朝日を迎えた。
このシュムリアップという街はなんだか都会のはずなのに、田舎の民家に泊まっているみたいだった。
by j-hiro2004 | 2007-03-27 15:08 | カンボジア