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北海道の写真家廣澤順也のブログ


by j-hiro2004
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<   2007年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

首都プノンペンへ

首都プノンペンへ
3月31日早朝、カンボジアへ来て一番の朝焼けが空を染めた。
今日はシュムリアップから首都プノンペンへバスで移動する。
7時、トゥクトゥクに荷物を満載してバスターミナルへ。ターミナルは川をわたって街の東側にある。ゲストハウスがあった西側はどちらかというと観光地、たくさんホテルが並んでいるが、東側は一般庶民が生活しているエリア。本当はこちらに足を運んで生活を見たかったのだが残念ながら時間が取れなかった。トゥクトゥクで走りながら市場を撮影する。バイクが速度を緩めた時を狙ってシャッターを押し続ける。市場は日本の戦後の闇市場のような雰囲気でごったがえしているがどこか懐かしい雰囲気がした。
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ターミナル周辺も人でごった返していて、埃がまっていた。バスの受付をしている間、パンやフルーツなどを売りに来る人が次々とやってきてなかなか身動きが取れない程だ。首都までは日本の観光バスを譲り受けたメコン・エクスプレスに乗車。
乗車券は前々日に、カンボジア・ティー・タイムのカンボジア人スタッフが買ってきてくれたので7$。外国人観光客は10$。その差額3$を徴収された。ほんとはカンボジア人に成り済まそうと3人で計画していたが、大きなスーツケースが有る事に気づいた。これでは姿形で現地化してもばれてしまう。ボロボロの鞄だったら現地人だったのに。
ともあれ、埃が舞う市場を横目に、シュムリアップを出発し、一路東へ。国道6号線をひた走る。高速道路並のスピードで走るが、道には二人乗りのバイクや、荷物満載のトゥクトゥク、ボロボロのトラックなども走っている。
バスはクラクションを鳴らし続けて走る、前方通路側なので、正面がよく見える。もうヒヤヒヤの瞬間ばかりが続きゆっくり寝るどころではなかった。
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郊外に出るとちいさな部落をいくつも通り過ぎると少し大きな街に出る。その間は乾季で干上がっている水田。川など水場が近い所には水牛の群れがいる。のどかな農村風景が続く。
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二時間程走った所で、30分の休憩タイム。バスは少し大きな街に止まった。
シルクドーロの映像でみたようなアジアの街、街道沿いの街が目の前に広がっていた。
ごった返す市場、荷物を屋根にまで満載したピックアップトラックやマイクロバス、熱気をまとった空気が流れている。バスの近くで座っていると物乞いのおばあちゃんや子供がやってくる。おばあちゃんは割ときれいな服を着ている。韓国人(中国人?)らしき旅行者のおばさんたちが紙幣を彼らに渡している。これで何日暮らせるのだろう。観光客からお金を恵んでもらい生きている。その場しのぎでしかないだろうが。
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バスは首都へ向かっ国道6号線を走る。舗装されてこの道は日本の援助で完成された道だ。
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by j-hiro2004 | 2007-03-31 15:50 | カンボジア

アンコールワット第二部

アンコールワット第二部
お昼過ぎに一旦ゲストハウスにもどり、シャワーを浴びクーラーの効いた部屋で休息。
お昼から3時頃まではとにかく出歩かず休むのがカンボジア流。
しかし、午前中は予定がスムーズに行かず、一カ所で長く休んでしまったので、午前最後のタプロームはお昼に掛かってしまった。気温は38度近くになっていた。自分は森の中だったのでがぜん元気に見て回ったが同行の二人は暑さで参ってしまった。
午後4時過ぎ、気温変わらずだが出掛ける事にする。トゥクトゥクドライバー君はお昼の最中、ずっとゲストハウス前の木陰で休んでいた。1日中つきあわせて15$。ちょっと申し訳ない気がするが、こちらでは日当としては高級取りだ。日が少し傾く中、二人乗りや自転車を担いで運んでいるバイクを抜きながらアンコールワットへ。
アンコールワット、西門から入る。西日が背中を焦がすように射込んでいた。乾季のため、すべてが乾いている。無性に雨のアンコールワットも見たくなった。
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中央の塔にむかった参道を歩く。
これが1973年当時26歳の戦場カメラマン一ノ瀬泰造が命を掛けて一番乗りを目指したアンコールワット。当時内線下のアンコールワットはクメールルージュの支配下で西側の人間はだれも見た事がなかった。「地雷を踏んだらサヨウナラ」と言葉を残し潜入し地雷原を突破しアンコールワットに向かった一ノ瀬は捕まり、11月処刑されたという。
その前年シュムリアップに滞在した泰造は小学校を始め子供たちや街の写真を沢山撮っていた。帰ってからその作品の日付を見たら1972年6月14日。そう自分のが産まれた日の数日前。多分撮影した小学校は泊まっているホテルから見える学校だと思う。内線下の街の人の写真には笑顔が見られるのは不思議だった。町の人から愛されていた泰造氏が撮ったからだろう。なんだか不思議な気がした。
そのシュムリアップやアンコールワット、今平和裏に世界中から観光客が訪れている。

第一回廊、第二回廊とくぐり抜け、中庭に入った。第三回廊は急な階段を上った塔の中。K君がかかんに階段を上り始める。結構急に見えるが、簡単そうに登り始めた、3分の1くらい登った所で振り返った見下ろしたK君、顔が引きつっていた。記念写真だけを撮ったら降りてきた。
階段自体がすでに斜めになっているので降りるのが怖かったと興奮気味、長年登った後で階段の角を斜めになっている。石をも削る巡礼者のあと、歴史の重みだ。
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一旦に西門に戻り屋台見学。いろいろな物を売っている。お約束の虫の佃や揚げ物。蝉が真っ黒になって山積み。他にはコオロギ、タガメ、ゲンゴロウ、クモなどはメジャーなおやつ!?
そしてふ化寸前のアヒルの卵、もうアヒルの形をしているのを茹でてあるのだ、卵と見るかアヒルとみるか、、、
これらさすがにパスして、安全な団子とサトウキビジュースを買ってみる。
小学生くらいの女の子が簡単な機械でサトウキビを搾り、搾ったジュースはビニール袋に入れてストローをつけて渡してくれた。
「オークン」(カンボジア語で「ありがとう」)。カンボジア人はまじめで勤勉な国民、日本人に似ているそうだ。
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もうすぐ日没。オレンジ色の太陽が沈み掛けていた。夕方になると環濠(アンコールワットを取り囲む堀)の水辺に人々が集まってきて敷物を引いて思い思いに涼んでいる。
夕陽が大地に沈む直前、ふっとアンコールワットが輝いた。
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半月が輝き始め、夜の帳が降り始めた。
環濠の向こうに水牛の群れが水辺に現れ、どこからとなく出てきた犬が、水辺に入っていき水を飲んでいる。
西の空に一番星が輝き始めた。子供たちの姿がシェルエットになる。
今日のクライマックスだった。
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by j-hiro2004 | 2007-03-30 15:04 | カンボジア
一路アンコールワットへ
第四日目は初めての観光日となった。一日、トゥクトゥクを借り切ることにした。
朝のまだ涼しい空気の中、街から北へ向かう。沿道には観光客向けに、飲料水や果物を売っている出店があるが足を止める人はいない。ゲートで20$もする一日パスを購入。
午前中は、アンコールトムを見る計画。
王都アンコールトムへ、南大門から入る。
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各種ガイドブックによると周囲約12キロの城壁に囲まれた王都アンコール・トム。1177年、ベトナムのチャンパ軍による王都略奪からアンコール地域を解放したクメールの覇者ジャヤヴァルマン七世。その王の都として建設された。同時に領土内の寺院建設、道路網の整備、121ヵ所の宿駅の整備などクメールの帝国支配の基礎が作られた。この都の中心にあるのが、バイヨン寺院、宇宙の中心、神々の降臨する場所として建設された。(日本はこの時、鎌倉幕府の時代)

しか1431年、シャムのアユタヤ朝にアンコールを攻略され王都陥落。流浪と苦難の時代が始まり、密林の中に忘れ去られていた。1860年フランス人博物学者アンリ・ムオが再発見し世界に知られることになった。1972年のカンボジア内戦によって、寺院はポルポト派により破壊されたが、内戦が収まりつつある一九九二年にアンコール遺跡として世界遺産に登録された。
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王宮は世界各地からの観光客で一杯だった。有名なレリーフの前はちょっとした渋滞。 団体さんにガイドがついているが、まだまだガイドの教育が遅れていて、ガイドによって解説に差がある。あるレリーフの前で、ガイドは、この女の人はくつろいでいると言えば、次のガイドはこの人は妊婦で苦しんでいると言う。どちらもそう言われればそう見えてくる。ちょっとおかしかった。
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西側エリアは観光客がいなかった。階段に腰掛けシャンシャンとなく蝉の声を聞きつつ休憩。気温が上がってきたが森の中ゆえ、案外涼しい。この頃から三人の変な写真が多くなった。暑さとこの雰囲気のせいだろうか。
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王宮内では時々、地元の子供たちが微笑みながら観光客を見ていて、時々ちょっとして撮影会になる。カンボジアの人たちは職場に子供を連れてきている。遺跡の修復や清掃で母親が働いている間、遊びながら待っているという訳だ。お土産物や食堂が並ぶ界隈では小さな子供たちが絵はがきや小さな仏像を売っていた。食堂のおばちゃんたちは客の呼び込みに必死。観光地でも生きて行く事に必死な人々の姿があった。
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タ・プローム
森に飲み込まれる
アンコールトムを離れ、炎天下の森の小道を歩いて、タ・プロムと呼ばれる遺跡に着く。これもジャヤヴァルマン七世により創設された仏教僧院。この遺跡は修復の手を下さないままに据え置かれている。巨大に成長したスポアン(榕樹*ようじゅ)に押しつぶされ、飲み込まれた状態。あちこちで押しつぶされた塀が倒壊している。
南側の第一回廊には人がいなかった。大地の上に乾季のために枯れた葉っぱが折り重なっている。石は苔むしかつての栄華の雰囲気はもうない、樹に、森に飲み込まれ自然に帰るのを待っているかのようにひっそりと時間が流れていた。
かつての栄華が自然に帰る。これは何か日本人の心に訴えるものがあるようで、この遺跡はアンコールワットの隠れ名所なのかもしれない。
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by j-hiro2004 | 2007-03-30 14:50 | カンボジア

シュムリアップ滞在

翌日からは知人の会社等を訪ねたり用事を済ませながら、街の雰囲気を感じゆっくりする。
国道から一歩外れる赤茶色の道となり、バイクや車が埃を巻き上げながら走っている。舗装されているのはほんの一部なのだ。道を歩いていると後ろから動物の鳴き声、家畜の声をする。横を通り過ぎたバイクの荷台に何やら大きなピンクがかった動物がいた。もしかして、ブタ? 生きたままである。唖然としているともう一台。今度は二頭ひっくり返っている。こちらはもう観念している。地元の人はバイクで荷物でも家畜でもなんでも運ぶのさと。
カンボジアの民家の庭先には、マンゴーや椰子の実、なんとかフルーツ等食べる物が乾期であるというのにたくさん有る。マンゴーは緑の時に塩を振って食べるそうだ。
それで農村部でどんなに貧しくなっても餓死者はでないそうだ。熱帯のフルーツがあり夜になって寒くなる事もないので凍死もない。貧しくてもあまり注目されない国なのだ。
どこか戦後の日本を感じさせる路地や市場、それに同じアジア人、褐色の肌に黒い髪、異国にいる感じがあまりしない
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知人の店「カンボジア・ティー・タイム」。
ここで、「ノム・トム・ムーン」なる伝統菓子を衛生的に生産し販売をしている。昨年末からだが、すでに空港の免税品店でも売っている。 「ノム」はお菓子、「トム」は筒、「ムーン」はしっかりの意味。サックとした感触でロール状のお菓子を「ノム・トム・ムーン」と言う。朝一番搾りのココナッツミルク、パームシュガー(椰子砂糖)、卵、タピオカスターチ、塩を原料に、炭火で一枚ずつ焼いて専用の竹でくるっと巻いてできあがり。素朴であっさりとした甘さ。特別な材料ではないけれど地元でずっと食べれられてきた。 ガイドブックには、日本人が作るアンコールクッキーが紹介されていたが、どこにでもあるクッキーの形がアンコールワット。こちらは地元の人も喜ぶ新しい名物になっている。パッケージも日本人デザイナーがボランティアで協力した洗練されたものだ。
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「ノム・トム・ムーン」をつまみに、アンコールビールで乾きをいやし、その後はハンモックに揺られてリラックス。
外は35℃をゆうに越えているが、ここに吹いてくる風は心地よく感じる。
二階は、オープンカフェとなっていて自由にくつろぐ事ができる。日本人好みのクリーンなお店となっていて、乾季のシーズンでも埃っぽくならないよう掃除がされている。 働くカンボジア人もフレンドリーかつ日本的な心遣いをしてくれる。翌日、たまたま日本から来たオーナーと会って話を聞くと、TBSの世界遺産の番組プロディーサーも連日ここに通う程のお気に入りの場所。カンボジアの雰囲気を味わいつつ、日本的にくつろげる貴重な場所となっていくような気がした。すっかりハンモックにはまってしまい、5$のものを買ってしまった。
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by j-hiro2004 | 2007-03-28 14:18 | カンボジア

シュムリアップという街

トクゥトクゥとは、市販のバイクの後ろに二人、または四人用の座席を付けた荷車を連結し引くという乗り物。もともと田舎で荷物運搬用に使っていたものだが、都市部では観光用に日よけ雨よけのシート状の屋根をつけている。熱帯の空気、街の空気を感じられる、ちょっとそこまでに便利な車。この国では一人で乗るならバイクタクシー。何のことはないスクターの二人乗り、三人乗りだ。こちらのバイクは皆座り心地のいいシートを後部に標準装備している。ドライバーはAさんの会社のN君。後で分かった驚きの事実は、実は彼は初めて人を乗せて運転したのだった。食事中にに仕事は何?トクゥトクゥドライバー?と聞いていたら、カンボジア語で必死に笑いを堪えながら返事をしている。なになにと通訳してもらうとこの事実が発覚して、全員で大爆笑、なんと僕ちは実験台だったのだ!
楽しい食事の後、熱帯の風を感じながら夜の町中を走りホテルへ戻った。
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トッカイ登場
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初日の驚きはまだあった。無事にたどりついた僕らを待っていたものがいた…
部屋の前、薄暗い明かりに照らされた壁に張り付いている30センチ程の緑がった物体・・・巨大ヤモリだった。通常サイズのヤモリと比べると恐竜みたいに見える。激写して部屋で画像をみるとなかなか愛嬌ある顔をしている。主にインドネシアに生息する大型ヤモリ。英語Gekko 普通は屋根裏で害虫を餌にし姿を見せる事なく夜中に鳴く。トッケイの声は幸せを呼ぶとされ、続けて七回鳴くと人はにっこりとするという。インドネシアのバタック人の伝統家屋の装飾にトッケイのモチーフがあり屋根裏に居着くことから、家の守り神としてシンボル化されている。ヤモリは日本語で書くと、家守、守宮となる。意味があるようだ。翌日になってこの巨大ヤモリの名前を知ったのだが、声は聞けれどもなかなか姿を現さないという。すごく恵まれた出会いで、ネイチャーフォトグラファーとしては一気にカンボジアタという国に引き込まれた衝撃的な出会いだった。ヤモリの声が聞こえる中、初日の床についた。
翌朝はニワトリの声で目が覚め、まどろみながら南国の鳥の声が聞こえる中、朝日を迎えた。
このシュムリアップという街はなんだか都会のはずなのに、田舎の民家に泊まっているみたいだった。
by j-hiro2004 | 2007-03-27 15:08 | カンボジア

カンボジアへ

花曇りの福岡空港はしっとりした暖かい空気に包まれていた。
3月27日火曜日、花曇りの福岡国際空港ターミナルはしっとりした暖かい空気に包まれていた。
九州の友人K君とA君の三人で知人のいるカンボジアへ10日間の旅。
カンボジアは、赤道近く熱帯モンスーン気候、特に雨期直前の4月は一年で最も暑い酷暑、平均気温が35℃を越え、日中は40℃近くになるという。衛生状態は極めて悪いため、水を常に持ち歩く必要があり、たくさんの荷物は体力を消耗させる。
今回は、撮影旅行ではないので、小さなコンパクトデジカメ一台。
福岡空港から、ベトナム航空で東シナ海を飛び一路ホーチミンへ。機上、3人席の通路側に座り昼食後のお昼寝タイム。突然重い物が倒れてきてアイマスクを外すと、顔面蒼白の男性が目の前に。ちょっとした騒ぎになったが、日本人学生の軽い貧血だった。ホーチミン空港内でA君、2枚組航空券の一枚を落として大慌て。親切な人が拾ってくれていた。波乱の幕開け。
ベトナムホーチミン空港を飛び立った飛行機が高度を上げると、前方にモクモクと地表からわき上がる入道雲があちこちに見えてきた。日本上空で見る夏の入道雲とは高さが違う、まさに熱帯地方の雲だ。期待感が一気に高まる。
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そして大きな光る水面が見えてきた。地図からするとトンレサップ湖。この湖は伸縮する湖として知られている。雨期にメコン川の水が逆流してきて、乾季の三千平方キロから一万平方キロに膨れ上がる。眼下の湖はまるで海みたいだが、今は乾季の最後、湖水量が一番少ないはずなのに、北海道の湖さえ池みたいに見えてくる。
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飛行機は、トンレサップ湖の上を高度を下げ始め、シュムリアップ空港へと着陸態勢に入った。ヤシの木があちこちに生えている農村地域を見ながら、無事、カンボジアに到着した。
タラップを降りようとすると、今までに体感した事がない熱気、いや熱波が体を包み込んだ。意識さえもうろうとして来るような暑さ、これは飛行機の周りだから暑いのではないはず。後日聞いた話では、この日は40℃になっていたそうだ。
空港内で入国審査を経て、はれてカンボジア入り、さっそくタクシーで市内のゲストハウスに向かう。タクシーは日本車、クーラーが効いている。夕方の斜光の中、空港から市内までの道はどこか懐かしさを感じさせる景色が広がっている。椰子の樹の街路樹、道ばたで遊ぶ黄褐色の肌の子供たち、行き交う車は新旧の日本車ばかり。日本の道と違うのは圧倒的にバイクが多い事、でも新聞屋さんのバイクや、日本の街角でみるスクーターと似ているので、ぜんぜん違和感を感じない。
到着したゲストハウスは、こぎれいな三階建て、一番いい部屋、大きくベッドが三つの部屋を予約してあり、日本製のクーラーが備え付けられていた。
ちょっとびっくりしたのは、カーテンの色、ショッキングピンクのような色。う〜む、さすが東南アジアと、皆でうなってしまった。この部屋に四泊する。
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西隣は小さな民家、庭先を鶏と犬が闊歩し、小さな子供が裸で走り回っている。ホテルの東側は小学校、子供たちの遊んでいる声が聞こえる。子供の遊び声はどこの国に行ってもいいもので、すごくほっとさせられる。なかなかいい立地条件のようだ。
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夕方、シュムリアップの知人Aさんとカンボジアの知人と食事をすることになり、中華料理店に行くので、交通手段を用意してくれるそうだ。僕らは当然車を想像していたが、来たのはトゥクトゥクなる乗り物だった。
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by j-hiro2004 | 2007-03-27 13:58 | カンボジア